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2007年6月 3日

そして、新たな会社へ

前回に引き続き、近況報告第2弾。長文のため、覚悟を クール

■転職活動2
3月末に約3年携わった税務のプロジェクト&部署を脱出し、4月より社内の勘定系システム構築プロジェクトの手伝いとして1ヶ月間仕事をすることになった。このプロジェクトは、本来であれば1月~2月で終わるはずのプロジェクトだったが、諸般の事情により1ヶ月以上経っても終わる見込みのない状況だった。

事業部長より、うまくいってないみたいだから、なんとかしてきてくれとオレともう一人(以後ハヤト)が要請をうけ、1,2日は現担当者(以後バーニィ)より仕様・設計の説明を受けつつ、分析を行った。その結果、ユーザーである経理部とネゴせずにバーニィの勝手な考えで決めた仕様が多々あり、かつ、設計はボロボロで、アプリケーション技術のコンサルティングをやっている会社の成果物とは思えないシロモノだった。もちろん、経理部にも責任はあるのだが、社内とはいえ、金をもらっている以上、ITコンサルタントであるこちら側の責任と言うべきだろう。しかも、経理部長とバーニィは険悪な状態になっているという、よくある情けない事例だ。

オレとハヤトは、面倒とは思いつつも、プロジェクト参画後3日目にして、事業部長に対し、ここ数ヶ月バーニィが開発してきたものを改修することは不可能であり、破棄すべきで、プロジェクト自体を仕切り直すことを提案した。幸いにも、経理部長とは、3年来の長く深い付き合いをしているし、税務を何年もやっていたおかげで、今回のプロジェクト参画についても、経理部長からのご指名だったようで、非常にやりやすい環境ではあった。

本来であれば、バーニィはプロジェクトからはずすべきなのだが、仕様面では一番詳しいことも事実で、短期集中型で再構築するには、彼は必要な人材だ。仕方なく、オレとハヤト、そして、バーニィの3人体制で3週間で再構築するというスピーディなプロジェクトがキックオフとなった。

 

ハヤトは、今回のプロジェクト遂行に必要なスキルは十分保有していることはわかっていた。だが、バーニィはやはり使えない奴だった。システム全体を見通すスキルはなく、独断専行、事後報告主義という周りにもっとも迷惑をかけるタイプだ。ちなみに、実年齢はハヤトもバーニィもオレより4つ年上だが、オレのほうが年上だったと思っていたらしい。ま、貫禄が違うから当然だが。

さて、そんな状況で、オレの役割は要求管理・進捗管理・インフラ・運用など、ハヤトとバーニィが開発に集中できるよう、開発以外のジョブは全て請け負った。実質的にはプロジェクトリーダーだ。1週目は順調に思えたが、2週目以降、どうもハヤトの進捗報告に不穏な気配を感じた。どうやら、バーニィに足を引っ張られて、時間を浪費させられているようだ。だが、ハヤトは何とか終わると思うという発言をする。オレは信用できなくなってきて、コアではない部分の開発を請け負い、ついでに全体の進捗を把握しようと考えた。

蓋を開けてみれば、3~4日程度計画より遅れが出ていた。オレは1日以上前倒して自分のタスクをこなしていたため、仕方なく、コアの開発を部分的にオレが請け負うことに。結局土日も家で1日中仕事をして、オンスケにさせた。その後、ハヤトが倒れたりしたため、結局は2日程度遅れたのだが、最終的には経理部が納得できるレベルのものを無事納品して、ひとまずプロジェクトを集結させた。

実際には、他の社内システムとの連携もあるため、保守の必要はあるだろう。だが、その保守についてはオレが一番こだわってプロジェクトを進めていたため、後任者は想定よりも苦労しないで済むはずだ。まぁこればかりはわからないのだが。。。

■最終出社
GW明けの7日、最終出社日を迎えた。菓子折をもって、お世話になった人々へ挨拶回り。そこまでお世話になった覚えはあまりないが、社長・副社長・役員・事業部長など、主要人物とは全て顔馴染みのため、一応挨拶してきた。1、2年修行してきたら、また戻ってこいという発言を何度聞いたことか。普通ならうれしいのかもしれんが、オレにとっては、戯れ言にしか聞こえない。そんなに言うなら、「こういう状況になる前に、もっと評価してほしかったですね。だから、高い給料と高いポジションを用意してくれれば、戻るかもしれませんよ」と言い放っておいた。やはり、オレにとっては狭いフィールドだったということだろう。もちろん、この会社でなければ得られなかったものはあったので、感謝はしている。

■年休消化 
こうして、その翌日より、年休消化に入った。4月に働きすぎたリバウンドなのか、腰を痛めるなどの事故はあったが、1社目のお世話になった上司に会ったり、HINAプロジェクトの活動をしたり、資格の勉強をしたりと、充実した数週間を送ることができた。休みに入る前は、休みボケを懸念したが、自分で様々な課題を課したおかげで、全く休んだ気はしなかった。おかげで、休みボケは全くない。しかも、転職も2回目ともなると、無意味な期待や希望はないので、冷静な気持ちで6月1日の入社日を迎えた。

ま、そういうわけで、3社目については、またそのうち。